芸能

チャーリー浜の経歴wiki『・・じゃあ~りませんか』で流行語大賞

「・・じゃあ~りませんか」のセリフでおなじみのチャーリー浜さんが誤嚥性肺炎のため4月18日に亡くなっていたことがわかりました。

 

チャーリー浜さんは吉本新喜劇の座員を務め、1992年には「上方お笑い大賞」金賞を受賞しました。

 

 食べ物や飲み物、あるいは唾液などを飲み込むことを嚥下(えんげ)といいます。健康な人であれば、嚥下すると口から食道を通って胃に入っていきます。しかし嚥下機能が低下すると、食べ物などが口から気管に入ってしまいます。これが誤嚥(ごえん)です。誤嚥性肺炎は、細菌が唾液や食べ物などと一緒に誤嚥され、気管支や肺に入ることで発症する疾患です。
誤嚥性肺炎とは?

 

最近、橋田壽賀子さんも死去したばかりで、昭和から芸能界を支えてきた人が次々と他界されています。

 

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チャーリー浜さんは最近テレビで見かけることが少なかったですが、大阪市内の病院に入院していたようです。

 

チャーリー浜さんがお笑い界のスターとなるまでの軌跡をみていきましょう。

 

チャーリー浜(西岡正雄)の経歴wikiプロフィール

生年月日 1942年11月7日
出身地 大阪市浪速区
没年月日(年齢) 2021年4月18日(78歳)
所属 吉本興業
師匠 花紀京

 

チャーリー浜さんは、本名:西岡正雄さんです。

 

 

1942年に大阪の浪速区で生まれました。

 

 

1960年、18歳の時に花登筐が主催の「笑いの王国」に入団し、師匠となる花紀京と出会うことになります。

 

 

花紀京さんの父、横山エンタツさんの家に居候し、芸を磨いてきたそうです。

 

 

 

 

昔の芸人は、西岡正雄さんのように、師弟関係の中で芸を磨いてきました。

 

 

今のように吉本養成所のようなスクール形式なんかじゃありません。

 

 

寝食を共に過ごし、師匠の身の回りの雑用は弟子がすべてやる。

 

 

そんな修行の日々からいつの日か芽が出て、有名になっていくのです。

 

 

 

 

西岡正雄さんが師匠として尊敬していた花紀京さんも2015年に肺炎のため78歳で亡くなられました。偶然にもチャーリー浜さんも78歳で亡くなっています。

 

 

まるで師匠のあとを追うように二人して天国へ旅立たれたのですね。

 

 

吉本新喜劇の新時代を築き上げてきた伝説の芸人たちが次々他界していくのは少し寂し気持ちになりますね。

 

 

西岡正雄さんといえば、「・・・じゃ~ありませんか」という名ゼリフで有名です。

 

 

今の若い世代は知らないかもしれません。

 

 

吉本新喜劇での持ちネタ「・・じゃ~ありませんか」は1990年以降にサントリーのCMで使用されることになります。

 

 

 

全国放送で一気に認知度があがり、同年流行語大賞を獲得しました。

 

 

後輩芸人にとても厳しい人であったともいわれており、

 

 

「笑われてどうする、笑わせんかい!」という名言もあります。

 

 

 

 

後輩芸人の「たいぞう」が舞台の最中にセリフの順番を間違え、客が失笑したのを見ての発言だったそうです。

 

 

自ら「師匠」と言われることを嫌い、弟子からは「チャーリーさん」「チャーリー」などと呼ばれています。

 

【追悼】チャーリー浜(西岡正雄)死去|ツイッターの反応

 

チャーリー浜さんの死は多くの人に衝撃を与えているようです。

 

「昭和の象徴」のような存在の人がまた一人この世を去ってしまい、1980年代を謳歌した人達からしたら寂しいことでしょう。

 

 

小さい頃から吉本新喜劇を楽しみに観ていた人も多かったようです。

 

 

また、吉本新喜劇メンバーからも続々と追悼コメントがよせられています。

 


浅香あき恵 追悼コメント

 


間寛平 追悼コメント

 

 

明るくて男前、元気の源であるという声が多くありました。