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山縣亮太のコーチは高野大樹!病気を克服し9秒台の日本新

6月6日に開催された陸上男子100mの山縣亮太選手が9秒95の日本新記録を樹立して大きな注目を集めています。

大会は島根県で開催された布勢スプリントの男子100メートルが舞台でした。予選で既に五輪参加標準を満たしていたものの、「スタートをミスした」との理由でそのまま決勝に進んだということです。

そしてその決勝で9秒97を記録し、追い風2mによって9秒95という日本新記録を樹立しました。

桐生選手やサニブラウン選手が9秒台をだすなか、依然として10秒台で停滞し悩み続けた山縣亮太選手でしたが、ここにきてやっと夢の9秒台をたたき出すことができてさぞ嬉しかったのではないでしょうか。

その背景には過去の病気や辛い時にも寄り添ってくれたコーチの存在なしでは語ることはできないようです。

山縣亮太のコーチは高野大樹!慶應大学指導実績あり

現在山縣亮太選手のコーチを務めるのは、高野大樹さんです。

高野大樹コーチは現在32歳で、慶應義塾大学の陸上部でも指導を行っているそうです。埼玉大学から大学院へ進学し、その後は高校の体育教師をしていました。

しかし埼玉大学時代から指導していたパラ陸上の高桑早生選手を平日も指導するために、28歳の時に、プロコーチへの転身を決意したそうです。

当時の高野大樹コーチは結婚もしており、長男も生まれています。

高校教師という安定した仕事から、成功するかもわからないコーチへの転身は相当プレッシャーのかかるものだったのではないでしょうか。

そんな高野大樹コーチは高桑早生選手への指導が評判を呼び、山縣亮太選手や寺田明日香選手の指導を担当するまでになったというわけです。

高野大樹コーチの指導スタイルは、コーチングを基本とした手法のようです。選手に技術的なことを直接指導するわけではなく、「なぜ?」を引き出す指導方法をしています。

そもそも山縣亮太選手はコーチをつけずに自身でメニューを考え、理想の走りを追求していることは有名です。

そんな山縣亮太選手が2021年より自らSNSで高野大樹コーチへ連絡をとり、指導をお願いしたのでした。

高野大樹コーチは障害スポーツ指導の経験こそ豊富なものの、陸上男子の指導経験もありませんでした。

山縣亮太選手は自分自身で走りを追求したいとう考え方は変わっておらず、ただトレーニンメニューを考えることを一緒にしてくれる人を探していたようです。

相手を受け入れて、引き出すスタイルの高野大樹コーチだからこそ山縣亮太選手の能力を最大限に引き出すことができたのかもしれません。

 

山縣亮太のコーチは高野大樹!病気を克服し9秒台の日本新

そんな高野大樹コーチと二人三脚で日本新記録をたたき出した山縣亮太選手は過去に気胸で手術をし、療養していた過去があります。

2013年9月 腰を痛める
2015年 腰痛が悪化
2017年 右足首を痛める
2019年6月 気胸で手術
2019年11月 右足首靭帯を損傷
2020年 右膝蓋腱炎
2020年 肉離れ

大学はスポーツ推薦ではなく、AO入試で慶応大学に進学しました。慶応大学の陸上部には短距離コーチがいませんでしたが、「自分次第」という言葉とともに入学を決意しました。

そして大学1年時にはジュニア記録を樹立するなど好調でしたが、2013年に桐生選手が10秒01をマークした時期から山縣亮太選手も腰痛を発症。

長年腰痛に悩まされ続けて、その後も様々な箇所をケガしてしまいました。(※上の表参照)

山縣亮太選手まとめ

 

以上、山縣亮太選手と二人三脚で指導してきた高野大樹コーチについて、また山縣亮太選手の過去の病気やケガなどの背景について説明してきました。

イケメンで慶応大学卒という表面的な情報だけみると、とても華やかな印象がありましたが、後輩に9秒台をたたき出され、大学前半以降は実力が発揮できずに大変つらい思いをしてきていたことがわかりました。

東京オリンピック前に日本新記録をたたき出し、良い状態で五輪でも結果を残して欲しいですね。

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